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中東紛争 - 日本企業への影響:レポート#1


概要


中東で続く紛争は、日本の経済安全保障へのリスクを高めています。このレポートでは、地域の不安定化や世界的な勢力図の変化が日本企業にどのような影響を与えるかを、エネルギー安全保障、重要な貿易ルート、新たな投資機会に焦点を当てて分析します。


主要ポイント:


  • 日本のエネルギー安全保障リスク:日本のエネルギーは中東からの石油と紅海の貿易ルートに依存しているため、この地域の安定性は日本の経済安全保障にとって重要です。


  • 地域紛争の激化:イスラエルとイラン系の組織間の紛争には、米国、中国、ロシアといった新たな勢力も加わり、さらなる拡大のリスクが高まっています。


  • 世界的な勢力構造の変化:中東地域は、米国とその同盟国と中国、ロシア、イランとの間で繰り広げられる勢力争いの中心となっており、日本の国際政治における立場にも影響を及ぼしています。


  • 輸送と貿易の混乱:フーシ派による紅海の航路への攻撃は、グローバルなサプライチェーンにリスクをもたらし、輸送コストの増加を引き起こしており、アジアやヨーロッパとの日本の貿易に直接的な影響を与えています。


  • サウジアラビアにおける戦略的投資機会:サウジは、中国の影響力がイランやフーシ派に及ばないことに不満を抱いており、日本企業にとってVision 2030プロジェクトへの新たな投資機会が生まれています。


トランプ次期政権による中東情勢の変化の予測


トランプ氏の米大統領選圧勝は、中東および世界の情勢に大きな変化をもたらす可能性があります。トランプ氏は1月20日の大統領就任前から中東の問題に関与し始め、すでにバイデン政権のレバノン・ガザ停戦への取り組みを支持する意向を示しています。また、トランプ氏はイスラエルがイランとの闘争を進め、場合によってはイランの石油施設を攻撃する可能性があると信頼できる情報筋が伝えています。彼は将来の戦争を回避し、平和と復興に尽力したいと考えています。


長期的には、トランプ政権下でイスラエルはこれまで以上に米国から軍事・外交面での支援を受けると見込まれます。さらに、トランプ氏が選挙で勝利して以来、イスラエルのネタニヤフ首相と3回会談したと報じられています。トランプ政権は厳しい経済制裁でイランを弱体化させることを目指しており、湾岸地域での日本企業の利益にも影響があるでしょう。


トランプ氏は、経済制裁を強めてイラン政権を大幅に弱体化させることを目指すと考えられます。これは湾岸地域における日本企業の利益にも影響を及ぼす可能性があり、今後のレポートでも共有していきます。


すでにカタールなどの主要近隣諸国が、トランプ氏からの圧力を見越して姿勢を変え始めているのが観察されています。


これらのポイントは今後の方向性の予測を提供するものです。トランプ政権の中東への影響については、今後のすべてのレポートで詳しく取り上げていきます。


「引用元:AP通信 (撮影者:Evan Vucci)」


今後の展開の可能性:イスラエルによるイランの石油セクターへの攻撃


このレポートの執筆段階で、イスラエルによるイランの石油生産施設への大規模な空爆が現実的な可能性として浮上しています。4月以降、イスラエルとイランは直接的な軍事衝突を繰り返しています。トランプの大統領選勝利により、イスラエルの戦略的立場が強化されたことで、特にイランが報復を実行した場合、イスラエルが攻撃の好機と捉える可能性が高まっています。特に10月26日の攻撃でイランの防空システムが破壊され脆弱な状態にあり、イラン政権の経済を支えるエネルギーセクターが標的となり得るため、これが現実になれば中東の状況は大きく変わるでしょう。


このような事態が起きた場合、世界的な石油供給が不安定化し、価格が急騰する懸念が広がっています。今後、状況の推移を注意深く監視し、次回のレポートでさらに詳述する予定です。


中東の危機と日本への影響


中東地域は、現在重大な局面を迎えています。2023年10月7日以降、ガザ地区ではハマスがイスラエル軍と直接戦闘を行い、レバノンからはヒズボラがイスラエルと対峙するなど、イスラエルは複数の対立勢力と大規模な紛争に突入しています。また、この紛争には、シリアやイランが支援しているイラク民兵組織やイエメンのフーシ派政権も関与しています。


2024年4月までは、この対立は主にイラン系と見られる勢力との間に限定されていましたが、2024年4月1日にイスラエルがシリア領内にいたイラン人司令官を攻撃したことにより、イスラエルとイランの直接的な軍事衝突に発展しています。両国はこれまでお互いの領内をターゲットとした攻撃は行っていなかったのですが、4月12日にはイランがイスラエルへ初の直接攻撃を行い、100発の弾道ミサイル、30発の巡航ミサイル、170機の攻撃ドローンを発射しています。


これに応じて、イスラエルは2週間後に反撃しイランの主要な防空システムを破壊しました。その後、イスラエルがイランにいるハマスの指導者とベイルートでヒズボラの指導者を攻撃し、イランは10月1日に再びイスラエルに対して大規模なミサイル攻撃を行いました。米国の支援を受けたイスラエルの防空システムによってその影響は抑えられましたが、10月26日にはイスラエルがイランの防空施設とミサイル施設に対する大規模な空爆で報復しています。


イランは、イスラエルの最後の攻撃に対して報復する声明を出しています。


一方で、レバノンでの戦闘も継続しています。イスラエル軍は、ヘズボラによるイスラエル国境付近の町への直接的な攻撃を阻止するため、ヘズボラが要塞化している地域へと国境を越えて進出しています。イスラエルはヘズボラを標的にしてレバノン領域内での空爆を継続していますが、ヘズボラはイスラエルの都市に対する大規模なロケット攻撃を行う能力を維持しています。


ガザ地区では、イスラエルが引き続きハマスに対する軍事作戦を続行しており、イラク、シリア、イエメンからのロケットやドローン攻撃がイスラエルの都市を標的にしています。一方、北イエメンを支配するフーシ派は、紅海の主要な貿易ルートを引き続き妨害しており、アジアとの貿易に影響を及ぼしています。


複数の戦線で戦闘が活発化している中、米国は緊張の緩和に向けた外交的努力を主導しています。現在、イスラエル・レバノン国境の安定化とガザ地区での停戦の確保、さらに10月7日以降ハマスによって拘束されているイスラエル人の解放を目指した交渉が進行しています。


しかし、交渉には依然として深い溝が残っており、この紛争は持久戦へと移行しつつあるように見受けられます。

「引用元: CBSニュース」


主な出来事のタイムライン(2023年~2024年)


  • 2023年10月7日 - ハマスによる国境越えの奇襲攻撃により、1,200人以上のイスラエル市民が犠牲となり、250人以上が拉致。これを契機にガザでのイスラエルとハマスの直接戦闘が始まり、レバノン、シリア、イラク、イエメンのイラン支援勢力もこの紛争に参加


  • 2024年4月1日 - イスラエルがシリアにいるイラン人司令官を標的に攻撃し、イスラエルとイランの関係は間接的な対立から直接的な衝突へと紛争がエスカレート


  • 2024年4月12日 - イランがイスラエルに対して初のミサイルおよびドローンによる直接攻撃を行い、紛争は大きく激化しました。イスラエルの防空システムと西側諸国および中道アラブ諸国の連携による防衛努力により、被害は限定的に


  • 2024年4月26日 - イスラエルは報復として主要なイランの防空システムを破壊したが、双方がさらなるエスカレーションを控える姿勢を見せる


  • 2024年10月1日 - イランが再度イスラエルに対してミサイル攻撃を実施したが、再びイスラエルの防空システムにより影響は最小限


  • 2024年10月26日 - イスラエルはイランの重要施設を保護するロシア製S-300防空システムを含むターゲットに対し広範な空爆を実施。今後エネルギー施設や核関連施設への攻撃に対し無防備な状態に


  • 2024年末 - 米国主導による交渉が複数の戦線での停戦を目指して進められるが、進展は限定的


日本経済および安全保障における重要性


この中東地域における状況は、日本の経済および安全保障上の利益に直接的な影響を及ぼします。当社の隔週レポートでは、このテーマについて詳細に報告していく予定です。本レポートでは、日本企業にとって特に重要な分野に焦点を当て、将来的にはリスク評価や最新の状況を継続的にお届けしていきます。


この紛争が日本にとって重要である主な理由は、より広範な国際的な勢力争いと関係している点にあります。中東は現在、アメリカとその民主主義の同盟国がロシア、中国、イラン、北朝鮮と対峙する重要な舞台となっており、各国が地域の同盟国を活用して影響力を拡大しようとしています。


ロシアと中国はイランを支持する一方で、アメリカと主要なヨーロッパ諸国はイスラエルを支援しています。この対立は、本質的にはエネルギー資源、経済的な影響力、そしてこの重要な地域の戦略的な支配をめぐる争いです。日本はこれらのグローバルプレイヤーとの結びつきが深いため、中東の安定は日本にとって欠かせないものとなっています。


グローバルな勢力争い


近年、米国は中国の影響力に対抗するために戦略的な関心を中東から北アジアおよび太平洋地域へと移しました。その残された隙間を埋めるべく、中国は中東での経済的関係を強化し、ロシアは軍事的な存在感を高めようとしています。この傾向はオバマ政権時代に始まったのですが、トランプ政権下で一時的に変化し、イスラエルと湾岸協力会議(GCC)諸国との間で外交協定が成立しました。


バイデン政権も「アジアへの転換」を継続する方針でしたが、2023年10月にイスラエルを守るために多くの陸軍および海軍部隊を中東に再配備しました。米国は大規模な軍事力を中東に戻す一方で、中国とロシアは紛争に対して有意な影響力を及ぼすことができませんでした。中国は経済大国であるものの、中東での軍事的な力は限定的であり、ロシアもウクライナでの戦争に注力しているため、この地域での影響力が制約されています。


ロシアの影響力が低下した一例として、イスラエルによるイランへの報復攻撃があります。イスラエルは、イランに配備されているロシア製のS-300防空システムを破壊することに成功しました。これは、地域におけるロシアの支援の限界を示すとともに、ロシアの軍事資産が高度な空爆作戦に対して脆弱であることを浮き彫りにしました。


地域的な勢力争いと日本への影響


中東地域では、イランとその同盟国と、サウジアラビアやエジプトが主導する親米派のスンニ派湾岸諸国の間で勢力争いが続いています。イランは、自国の同盟国ネットワーク(イラクやシリアのシーア派民兵組織、レバノンのヒズボラ、イエメンのフーシ派を含む)を「枢軸(axis)」または「火の輪(ring of fire)」と呼んでいます。一方、スンニ派の湾岸諸国、特にサウジアラビアとエジプトは、米国の利益に同調しています。


イランとその同盟国は、軍事行動、テロ戦術、外交手段を組み合わせて影響力を拡大しています。サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子(MBS)は、「ビジョン2030」を通じてサウジアラビアの経済を近代化・多様化することを目指していますが、イランはフーシ派を通じてサウジアラビアを攻撃して安全を脅かすことにより、こうした近代化の取り組みを積極的に妨害しようとしています。


また、イスラエルとイランの対立およびその代理戦争が激化することにより、イランにとってイスラエルは野望実現への大きな障害とみなしている現実が浮き彫りになっています。米国が後押しするイスラエルとサウジアラビアの同盟交渉が長年進められていましたが、イランはこれを自国にとっての重大な脅威と見なしており、2023年10月7日にハマスによる攻撃によって、反イラン同盟の形成を事実上停滞させることに成功しました。


紅海:航行リスクの継続とアジアの供給コストへの影響


イランの地域戦略において、グローバルな貿易に影響を与える主要な要素の一つが、フーシ派による紅海およびアデン湾での安全な航行の妨害です。この影響により、スエズ運河を通る商船の交通量が55%減少し、喜望峰経由の交通量がほぼ2倍に増加しています。


世界的な海運企業への影響:


世界最大級のコンテナ輸送会社であるマースクは、紅海ルートの混乱により、2024年第2四半期にアジアとヨーロッパ間の輸送能力が最大20%減少する可能性があると、5月6日に警告しました。2023年12月以降、マースクや他の会社は喜望峰経由に航路を変更していますが、攻撃がさらに沖合に拡大しているため、この措置だけではリスクを完全には低減できません。マースクは、アジアとヨーロッパ間の影響を受けた航路の燃料コストが航海ごとに40%増加していると報告しています。


世界第4位の海運会社であるハパックロイドも、5月6日に同様のリスクを強調し、攻撃が沖合の船舶を対象とする頻度が増えているため、この地域を完全に回避せざるを得ない状況にあると述べました。


フーシ派の攻撃はエジプト経済にも悪影響を及ぼしています。2月には、アブデル・ファタハ・エル=シーシ大統領が、これらの混乱によりスエズ運河の収入が40-50%減少したと報告しており、運河がエジプト経済と政治の安定にとって重要であるため、これは重大な問題です。


また、アデン湾ではソマリアの海賊行為も再び活発化しており、航行リスクをさらに高めています。


上記の地図上の黄色い円は、フーシ派の攻撃によって航行が妨害されている地域

「引用元: The Guardian」


評価と見通し


紅海および周辺の水路でのフーシ派の攻撃に終わりは見えているのか?


私たちの評価によれば、これらの攻撃は、米国が決定的な軍事行動をとるか、あるいはイスラエルに必要な武器、外交支援、国際的な後押しを提供して介入を可能にしない限り、継続する可能性が高いと考えられます。


フーシ派は、イスラエルに対してガザでの軍事作戦を終了させるよう圧力をかけるためとして攻撃を正当化しています。しかし、これらの攻撃が始まってから1年以上が経過しても、イスラエルの作戦は継続中です。この理由付けは、フーシ派のより広範な戦略の口実にすぎず、フーシ派はこれを通じてイエメン和平交渉での交渉力を強化し、米国に対抗できる世界的な勢力としてイランの地位を高め、将来の西側諸国との交渉において有利な立場を確保しようとしています。


アメリカ海軍のフーシ派に対する作戦は、主に商船の保護とフーシ派の地上目標に対する時折の攻撃に限られているため、フーシ派は攻撃を続ける抑止力が欠如しています。国連事務総長イエメン担当特使であるハンス・グランドバーグ氏は、7月23日の国連安全保障理事会に対し、フーシ派による国際航行に対する脅威がその範囲と精度において拡大していると報告しました。「緊張緩和の兆しはおろか、解決策すら見えていないことは憂慮すべきだ」と彼は述べています。


しかし、ここ数カ月で2つの大規模な報復行動が実施されました。7月20日には、フーシ派によるテルアビブへのドローン攻撃に応じて、イスラエルがホデイダ港に対して広範な攻撃を実施し、10月17日には米国がB-52ステルス爆撃機による攻撃を行いました。


10月17日に実施された米国によるフーシ派攻撃の重要性


10月17日、アメリカのB-52ステルス爆撃機がフーシ派の地下武器貯蔵施設5か所を攻撃しました。このB-52は、米国だけが保有する爆撃機であり、核兵器の発射を目的としています。近年の戦闘で使用されたのは今回が初めてであり、米空軍が持つGBU-57A/B「マッシブ・オーディナンス・ペネトレーター(MOP)」を搭載できる唯一の爆撃機です。このMOPは、米国がイランのウラン濃縮施設を攻撃する場合に使用される予定の、精密誘導された14トンの「バンカーバスター」爆弾です。


このB-52爆撃機がどの程度のダメージを目標に与えたかはまだ不明です。この爆撃がフーシ派の軍事力を弱体化させることを目指していた一方で、3つのメッセージを送る目的もありました。


まず1つ目のメッセージはイスラエルに向けられたもので、これは10月1日にイランによる弾道ミサイル攻撃を受けて核施設への報復攻撃を考えているイスラエルに対して、攻撃を控えるよう促す米国の努力の一環でした。B-52による攻撃を通じて、米国はイスラエルの防衛に対する支援と、イランが核兵器を獲得するのを防ぐ協力に対する強いコミットメントを示しました。このメッセージは明確で、「必要であれば、フーシ派を攻撃したのと同じB-52爆撃機がナタンツやフォルドウのウラン濃縮施設も標的にする」というものでした。


2つ目のメッセージはイランに向けられた警告で、イランが核兵器能力の取得に進まないように促すものでした。イランがそのような行動をとる場合、米国はGBU-57バンカーバスターを含むあらゆる軍事手段を用いてイランの核計画を無力化する用意があるというものです。ロイド・オースティン米国防長官は、「今回の攻撃は、敵が深く地下に設置し強化・要塞化しようとする施設を標的にできる米国の能力を示すものであった」と述べ、このメッセージを明確に伝えました。また、オースティン長官の発言は、米国がイランの核兵器取得を阻止するというコミットメントをイスラエルに再確認させるものでもありました。


最後に、米国はフーシ派に対してもメッセージを送り、彼らがイランによるイスラエルへの報復に加わるのを控え、船舶やイスラエルへの攻撃を中止するよう求めました。さもなければ、米国によるさらなる攻撃で壊滅するリスクがあることを示唆しました。


しかし、これまでのところ、イスラエルと米国の攻撃にもかかわらず、フーシ派は紅海での航行を大幅に妨害し続けており、その影響は世界のサプライチェーンに増大し続けています。フーシ派は主に、サウジアラビアとの権力闘争におけるイランの核心的な利益に貢献しています。イエメンからの脅威はムハンマド・ビン・サルマン皇太子の「ビジョン2030」における野心的な目標を脅かしています。紅海およびサウジアラビアの領土が確保されない限り、同国が経済のハブとしての地位を目指す目標は危機にさらされることとなり、イランは依然としてこの「フーシ派カード」を握っています。


サウジアラビアの対中不満と日本への新たな機会


サウジアラビアは、中東地域における中国の役割に対して不満を募らせています。2023年3月、中国はサウジアラビアとイランの間で外交協定を仲介するという重要な成果を挙げました。米国の制裁下にあるイランは、サウジアラビアとの経済協力を求め、サウジアラビアはフーシ派が自国を攻撃しないようイランが抑制することでイエメン紛争が終結に向かうことを期待していました。


仲介者として、中国は双方が協定を守るよう保証することが期待されていましたが、フーシ派の攻撃は続いているだけでなく、激化しています。イランはフーシ派をサウジアラビアや西側諸国に対する影響力を与えるための手段と見ており、フーシ派の行動を抑制していません。イランの主要な経済パートナーである中国が協定を履行しなかったことは、サウジアラビアの不満を増幅させています。


サウジアラビアの不満は、特に「ザ・ライン」プロジェクトを含むビジョン2030のプロジェクトにも及んでいます。もともと、全長170kmのガラス張りの都市開発として計画され、900万人を収容する予定だったザ・ラインは、サウジアラビアが石油依存から脱却する象徴とされていました。しかし、財政的な制約と2023年の216億ドルの予算不足により、プロジェクトは大幅に縮小されました。2030年までに完成するのはわずか2.4kmで、30万人以下の住民しか収容できないと予測されています。


サウジアラビアの当局者はザ・ラインのために外国からの大規模な投資を求め、中国で北京、上海、香港において大々的なプロモーションイベントを行いました。しかし、これらの取り組みは大きな成果を生まず、信頼度の高い外国資本の確保ができないというサウジアラビアの課題が浮き彫りになりました。


さらに、米国の圧力も問題を複雑化させています。米国はサウジアラビアが中国由来のAIや半導体技術力を強化することを避けるよう促しています。サウジアラビアの政府系ファンドであるアラトは、米国の要請があれば中国とのパートナーシップから撤退することを公言しており、サウジアラビアが中国と米国の間で慎重なバランスを取ろうとしていることを示しています。


こうした課題への対応として、ムハンマド・ビン・サルマン皇太子はビジョン2030への投資を求め、日本に目を向けるようになりました。米国の強い影響力がサウジアラビアの戦略に及んでいること、そして重要なプロジェクトにおける中国の関与が限定的であることから、日本企業にはザ・ラインを含むビジョン2030関連プロジェクトに投資する好機が到来しています。


今後のレポートでは、中東における中国の役割の変化とその日本への影響について引き続き注目していきます。


イスラエルによるイランの石油施設への攻撃と世界の石油市場への潜在的な影響


イスラエルがイランの石油生産施設を攻撃した場合、世界の石油市場に大きな影響を与える可能性があります。


イランの原油輸出からの収益は、地域の不安定化を助長する活動を支える資金源となっています。これらの活動には、イラン革命防衛隊(IRGC)、核プログラム、ミサイルおよびドローン開発プロジェクト、地域の各種民兵組織などが含まれます。イランの石油インフラが大きな損害を受ければ、活動を資金的に支える能力が低下し、イランの影響力が弱まるでしょう。最近の緊張を考慮すると、イスラエルがイランの石油施設を標的にする可能性があり、この見通しはすでに世界の石油価格上昇の一因となっています。価格変動に対する懸念から、バイデン政権はこのような攻撃を抑制するよう促しましたが、米国の選挙が終了した今、このシナリオが再検討される可能性があり、特にイランが引き続きイスラエルに対する脅威を強める場合にはその可能性が高まります。


とはいえ、イランの石油セクターへの損害が持続的な世界価格の上昇につながると考えるのは、単純すぎるかもしれません。10月15日、国際エネルギー機関(IEA)は、来年にかけて大幅な石油余剰が予想されており、イランからの供給が途絶えても市場が対応可能であると発表しました。IEAは経済協力開発機構(OECD)の一員として、加盟国の石油備蓄を調整し、世界市場を安定させる役割を果たしています。


IEAの石油供給と需要見通し


IEA(国際エネルギー機関)によると、世界の公的石油備蓄は12億バレルを超えており、OPECプラス諸国も大幅な予備生産能力を維持しています。IEAは、主要な混乱が発生しない限り、来年にかけて市場の供給過剰が続くと予測しています。


さらに、中国の経済減速と電気自動車への移行による需要の減少が見込まれ、IEAは今年の世界需要成長予測を下方修正しました。非OPEC諸国である米国、ガイアナ、カナダ、ブラジルなども生産を増加させており、今年および来年に日量150万バレルの増加が見込まれています。OPECも最近、需要予測を下方修正し、2024年の需要増加を日量193万バレルに引き下げました(以前の予測は203万バレル)。


これらの予測は、イランの石油施設への攻撃を考慮する上で、イスラエルの判断に影響を与えていると考えられます。これにより、イランの石油施設への攻撃が必ずしも大幅な価格上昇を引き起こすわけではないことを示唆しています。


今後のシナリオ:バイデン政権はイランのエネルギーセクターを攻撃対象とすることを控えるよう促してきましたが、トランプ大統領の再選により、イランの石油施設に対するイスラエルの攻撃の可能性が高まり、世界のエネルギー市場にリスクが生じる可能性があります。

 
 
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